大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(も)1号 決定 1984年11月30日

請求人

外村國弘

右代理人

高見澤昭治

主文

請求人に対し金五四万円を交付する。

理由

一本件請求の要旨は、請求人は最高裁昭和五六年(あ)第一三五四号賍物寄蔵被告事件につき、昭和五八年二月二四日当裁判所において無罪の判決を受けたものであるが、右事件の関係で合計一〇八日間の未決の抑留、拘禁(以下単に拘禁という。)を受けているから、その日数に応じ、一日七二〇〇円の割合による刑事補償を求める、というのである。

二一件記録によれば、請求人に対する無罪の裁判について以下の事実が認められる。

1  請求人は、左記のとおり、いずれも、東京都府中市四谷五丁目二番二〇号の自宅において、山川好久から、同人が他から窃取してきた物品を、それらが盗品であることの情を知りながら買い受け、もつて賍物の故買をしたとして、東京地方裁判所八王子支部へ起訴されたものである。

(一)  昭和五一年四月六日付起訴状記載の公訴事実第一(以下「本起訴状第一事実」という。以下同様。)

昭和五〇年一〇月一一日ころ、一四金ダイヤモンド付指輪、一八金台ジルコン付指輪、一八金ネックレス各一個(時価合計六万九〇〇〇円相当)を代金一万円で故買。

(二)  本起訴状第二事実

同月二五日ころ、カセットラジオ一台(時価二万円相当)を代金一万円で故買。

(三)  本起訴状第三事実

同月二六日ころ、プラチナ台ダイヤモンド付指輪、一八金台メキシコオパール付指輪、模造真珠ネックレス各一個(時価合計一三万八〇〇〇円相当)を代金三万円で故買。

(四)  昭和五一年四月三〇日付追起訴状記載の公訴事実第一(以下「追起訴状第一事実」という。以下同様。)

昭和四九年一〇月六日ころ、一八金台紫水晶付指輪、一八金台ヒスイ付指輪、プラチナ製指輪各一個、ブローチ二個(時価合計二万三九〇〇円相当)を代金四〇〇〇円で故買。

(五)  追起訴状第二事実

昭和五〇年五月中旬ころ、プラチナ製鎖ネックレス一個(時価一万円相当)を代金二〇〇〇円で故買。

(六)  追記訴状第三事実

同月一三日ころ、プラチナ台紅水晶付指輪一個、ペンダント二個(時価合計四万五〇〇〇円相当)を代金四〇〇〇円で故買。

(七)  追起訴状第四事実

同年一二月下旬ころ、カセットテープレコーダー一台(時価一万二〇〇〇円相当)を代金五〇〇〇円で故買

2  同裁判所は、昭和五一年五月一二日、本起訴状の被告事件及び追起訴状の被告事件につき、それぞれ第一回公判期日を開き、前者に後者を併合して審理する旨決定し、以後審理を重ね、昭和五三年三月一六日、本起訴状第一事実(但し、一四金ダイヤモンド付指輪及び一八金ネックレス各一個を除く。)、同第二事実、同第三事実(但し、プラチナ台ダイヤモンド付指輪一個を除く。)、追起訴状第二事実、同第三事実、同第四事実につき、ほぼ各公訴事実どおりの賍物故買の事実を認定して、請求人を懲役一〇月(未決勾留日数六〇日算入)及び罰金四万円に処し、追起訴状第一事実(以下「甲事実」という。)につき、犯罪の証明がないとして無罪を言い渡した。右判決の有罪部分に対しては請求人から控訴の申立がされたが、その無罪部分(甲事実関係)は、検察官からの控訴申立がないまま控訴申立期間の経過により確定した。

3  右控訴事件を審理した東京高等裁判所は、昭和五六年七月一四日、第一審判決が有罪とした各賍物故買の事実を認定するについては証拠が不十分であるから、第一審判決は事実を誤認したものであるとして、これを破棄したが、さらに進んで、審理中に追加を許可した予備的訴因(本起訴状第一事実、同第三事実、追起訴状第二事実及び同第三事実関係)に基づき、請求人は、昭和五一年二月中旬ころ、前記自宅において、前記山川から、同人が他から窃取してきたネックレス等六点(予備的訴因に係る物品のうち、追起訴状第二事実のプラチナ製鎖ネックレス一個を除外したもの。即ち、本起訴状第一事実のうち一八金台ジルコン付指輪、同第三事実の物品のうち一八金台メキシコオパール付指輪及び模造真珠ネックレス各一個並びに追起訴状第三事実の各物品)を、それが盗品であるかもしれないことを認識しながら、外村泰弘を介し、右山川に対する貸金二万円の担保として預かり、もつて賍物の寄蔵をしたとの事実を認定し、請求人を懲役四月(第一審未勾留日数六〇日算入、執行猶予二年)及び罰金二万円に処し、本起訴状第二事実、追起訴状第二事実(予備的訴因の関係でも)及び同第四事実(以上をまとめて、以下「乙事実」という。)につき、犯罪の証明がないとして無罪を言い渡した。右判決の有罪部分に対しては請求人から上告の申立がされたが、その無罪部分(乙事実関係)は、検察官からの上告申立がないまま上告申立期間の経過により確定した。

4  右上告事件を審理した当裁判所は、昭和五八年二月二四日、第二審判決が有罪とした賍物寄蔵の事実、即ち、本起訴状第一事実、同第三事実及び追起訴状第三事実のうち予備的訴因として構成された事実(以下「丙事実」という。)につき、請求人に当該物品が盗品であることについての未必的認識があつたものと認定するに足りる十分な証拠はないから、請求人に有罪を言い渡した第二審判決は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認を犯したものであつて、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められるとして、第二審判決の有罪部分を破棄し、更に判決して請求人に無罪を言い渡し、この判決は、同年三月八日確定した。

5  なお、本件刑事補償請求は、昭和五八年一〇月三一日当裁判所へされたものである。

三また一件記録によれば、請求人は、昭和五一年三月一七日本起訴状第一ないし第三事実(以下「本起訴事実」という。追起訴状第一ないし第四事実についてもこの例による。)を被疑事実として逮捕されてから、同被疑事実により勾留中前記二1のとおり起訴されたのち、同年六月三〇日保釈許可により釈放されるまでの一〇六日間のほか、昭和五三年三月一六日第一審判決言渡による保釈の失効のため収監されて翌一七日保釈許可により釈放されるまでの二日間の、合計一〇八日間にわたる未決の拘禁を受けたこと、並びに、請求人に対する追起訴事実については勾留状が発付されていないが、請求人の逮捕の直前から、本起訴事実のみならず、追起訴事実をも含む前記山川から請求人に対する賍品の譲渡関係が一括して捜査の対象とされており、逮捕後本起訴に至る間も、追起訴事実について右山川及び請求人の取調等の捜査が行われ、かつ、前記一2のとおり、本起訴事実と追起訴事実とは併合審判されていることが認められる。

右事実関係の下においては、刑事補償及び後記未決勾留日数の算入に関する限り、請求人に対する一〇八日間の拘禁は、すべて本起訴事実及び追起訴事実(但し、第一審判決後の二日間の拘禁については甲事実を除く。)によるものとして取り扱うのが相当である(最高裁昭和三〇年(し)第一五号同三一年一二月二四日大法廷決定・刑集一〇巻一二号一六九二頁、同昭和二八年(あ)第五〇四七号同三〇年一二月二六日第三小法廷判決・刑集九巻一四号二九九六頁参照)。

四ところで、前記二のとおり、併合罪として起訴された事実中、甲事実につき第一審において、乙事実につき控訴審において、丙事実につき上告審において、順次無罪の判決があり、これらがその都度当該審級で確定しており、かつ、前記三のとおり、請求人に対する拘禁がすべて右全事実(前記二日間の拘禁については甲事実を除く。)によるものと認められる本件のような刑事補償請求については、甲事実についての無罪部分の確定を理由として第一審裁判所に対して刑事補償の請求がされたとしても、その余の事実についての有罪部分が未決勾留日数の算入の点をも含めて確定していない段階においては、そもそも刑事補償の対象とすべき未決の拘禁の日数を確定することができないし(本刑に算入された未決勾留日数は刑事補償の対象とはならないと解すべきことにつき、最高裁昭和三四年(し)第四四号同年一〇月二九日第一小法廷決定・刑集一三巻一一号三〇七六頁、同昭和五五年(し)第一二九号同年一二月九日第二小法廷決定・刑集三四巻七号五三五頁参照。)、補償の全部をすること及びしないことをも含む刑事補償法三条二号による裁量判断をすることも不可能又は不相当であり、同様のことは、乙事実(又は甲事実及び乙事実)についての無罪部分の確定を理由として控訴裁判所に対して刑事補償の請求がされた場合にもあてはまることなどにかんがみると、右全事実の関係で、同法七条所定の期間は、最後に無罪の言渡をした上告審判決が確定した日から起算すべきものとし、同法六条所定の管轄裁判所は、上告裁判所たる当裁判所であると解するのが相当である。

五よつて、請求人に対しては、前記三の一〇八日間の未決の拘禁全部につき、刑事補償法一条一項による補償をすべき場合に該当するから、当裁判所は、同条項のほか同法四条一項、二項に則り、請求人の受けた拘禁の日数に応じ、一日金五〇〇〇円の割合により、請求人に対し、主文に記載した金額の補償金を交付するのを相当と認め、同法一六条前段により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官谷口正孝の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官谷口正孝の補足意見は次のとおりである。

一 本件のように併合罪として起訴された複数の訴因事実の一部ずつにつき、第一審、控訴審、上告審で順次無罪の判決があり、しかもその無罪部分がそのつど上訴の申立なく当該審級で確定している場合、刑事補償請求人(以下単に請求人という)は、各無罪部分が確定したつど当該無罪の裁判をした裁判所に対し補償請求をしなければならないと解すべきか(部分請求説という)、あるいは最後に無罪判決をした裁判所(本件では上告審たる当裁判所)に対し一括して補償請求をすべきものか(一括請求説という)については、下級審において相対立する裁判例の生じているところであり、また学説も見解の岐れているところである。部分請求説は、刑事補償法六条が補償請求の管轄裁判所を無罪の裁判をした裁判所としていること及び確定のつど早期に刑事補償を行うことにより無辜の者の早期救済を図る必要のあることをその主たる理由としている。然し、私は法廷意見と同一の見解に従うものであつて、部分請求説はとうてい採ることができないものと考える。以下法廷意見を敷衍して少しばかり説明を加えておく。

二 ところで、同一被告人に対する数個の訴因事実が併合して審判されている場合、当該被告人に対する勾留状の基礎とされている事実は、右数個の訴因事実のうち一部であつても、右勾留状による身柄の拘禁は勾留状の基礎とされていない他の訴因事実の取調にも事実上利用されていることは否定し難いところであり、後記引用の判例もこの事実関係を前提として未決勾留の本刑算入、刑事補償の問題を処理しているのである。事件単位の勾留の当否は格別として、実務の運用においては被告人単位の勾留が一般である。本件の請求人に対する拘禁も又全事実の捜査・審判(但し、第一審判決後の二日間の拘禁については、法廷意見に示すとおりである。)に利用されていることは記録上明らかである。従つて、このような事実関係を前提として、部分請求説の当否を判断してみることが必要である。

1 部分請求説によれば、このように全事件の捜査・審理に利用されている拘禁について、第一審、控訴審及び上告審で無罪とされたそれぞれの訴因事実についてその利用関係を各別に分割して、当該無罪事実に対応する拘禁日数を算定する作業が必要となるわけであるが、そのような作業は不可能といつてもよく、よしそれが不可能ではないとしてもそれは部分請求説をとるための擬制的計算というべきである。

2 次に、同法三条二号は、前記拘禁の実質的利用関係を前提として、一個の裁判によつて併合罪の一部について無罪の裁判をした場合であつても、他の部分について有罪の裁判がされたときは、補償の一部又は全部をしないことができるとしている。このことは、併合罪の一部について一審において無罪の裁判があり、その部分は確定したが、他の部分について有罪の裁判があり、この有罪部分について控訴の申立があつて控訴審においてその有罪部分に対する判決が維持された場合についてもあてはまることである。右三条二号の一個の裁判を同一審級において同時に一個の裁判をもつて無罪部分と有罪部分の言渡しをする場合に限定して解釈すべき実質的理由がないからである。してみると、部分請求説はこのような場合どのように対処するのであろうか。請求を受けた第一審裁判所は、有罪部分についての控訴審の裁判の結果を待つて補償請求についての決定をするか、控訴審で有罪裁判のないことを停止条件として補償決定をすることになるのであろうか。早期補償による救済はもとより必要なことではあるが、かかる場合には、控訴審において右有罪部分が破棄され無罪の裁判の言渡を待ちそれが確定した後で一括して補償請求をする方が請求人により利益となるものといえよう。

3 さらに、法廷意見のあげている未決勾留日数の本刑通算と刑事補償請求の関係を考えておく必要がある。この間の事情について判例の示すところはこうである。

裁判所が同一被告人に対する数個の訴因事実を併合して審理する場合、無罪とされた訴因事実につき発せられた勾留状の執行により生じた未決勾留日数を他の有罪とされた公訴事実に対する本刑に算入することができるとすることは、当裁判所の判例の示すところである(最高裁昭和二八年(あ)第五〇四七号同三〇年一二月二六日第三小法廷判決・刑集九巻一四号二九九六頁)。そしてまた、未決勾留日数は本刑に算入されることによつて刑の執行と同一視されるべきものとなり、本刑に算入された未決勾留日数については、もはや未決勾留としては刑事補償の対象とならないことも当裁判所の判例の示すところである(最高裁昭和三四年(し)第四四号同年一〇月二九日第一小法廷決定・刑集一三巻一一号三〇七六頁)。右の判例理論を基底にすえて部分請求説の当否を考えてみよう。併合罪の一部につき、第一審において無罪の言渡がありその部分は確定し、他の有罪部分についてのみ控訴申立があり、控訴審において右有罪部分につき破棄自判し有罪の裁判をしたが、第一審において無罪とされた訴因事実につき発せられた勾留状の執行により生じた未決勾留日数を含めて第一審における未決勾留日数の本刑算入をした場合を考えてみよう。部分請求説によれば、無罪の裁判をした第一審裁判所に対する補償請求につき同裁判所としてはどのような基準により補償額の算定を行うことになるのか。恐らく解決不能の事態を生ずるであろう。控訴審の裁判を考慮しないとすれば、控訴審の判決の結果如何によつては違法な補償をしたという事態も招きかねまい。それとも、控訴審裁判所は、第一審裁判所に対しされた補償請求につき同裁判所のした補償決定の結果を待つて有罪部分の裁判につき未決勾留日数の本刑算入を判断する、という愚しい事態を認めよということになるのであろうか。

三 以上みてきたとおりであつて、私は本件の如き事案については部分請求説はとうてい採用し難く一括請求説を採るべきものと考える。法廷意見に賛成する所以である。

なお、当小法廷は、先に刑訴法一八八条の二の費用の補償について部分請求説に立つて費用補償額の決定をしたが(最高裁昭和五八年(ひ)第一号同年一一月七日第一小法廷決定・刑集三七巻九号一三五三頁)、費用補償の請求と刑事補償の請求とでは、その性質を異にするばかりでなく、その基礎となる事実関係も異なるので、両者を別異に取扱つて矛盾・抵触はないものと考える。

四 ところで、一括請求説を採つた場合、刑事補償法六条の管轄裁判所が問題となるが、この点も法廷意見に賛成する。なるほど、部分請求説が採りえないとする以上、同条にいう無罪の裁判をした裁判所というのは、段階的に順次無罪の裁判がなされた場合には、最後に無罪の裁判をした裁判所ということになるが、この裁判所はその前段階の無罪の裁判をした裁判所にあたらないではないかという疑問がある。文理上は尤もな批判である。然し、この点については、法の予想しなかつた事態というべく、その解釈が請求人に不利なものではない以上、右の解釈により事態を解決すべきものと考える。

(矢口洪一 谷口正孝 和田誠一 角田禮次郎)

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